はじめに
Valuation(株価算定・ストックオプション評価)の年間実績130件超、IPO関与実績31社。スタートアップ支援の税務・Valuation領域で圧倒的な存在感を放つのが、Gemstone税理士法人代表の石割さんだ。
監査法人、税理士法人、事業会社CFO、ベンチャーキャピタルと異色のキャリアを経て33歳で独立。個人事務所として10年、法人化して10年、計20年にわたる独立経験から見えてきた「専門特化」と「反復継続」の哲学を語っていただいた。
監査法人からVC まで——4つの立場を経験したキャリア
石割さんのキャリアは、監査法人(PwC)でスタートした。シニアスタッフとして上場会社の主査を務めるも、約5年で退職。「監査法人でずっと上に行った時に、自分が満足できるのか」と考えた末の決断だった。
独立を見据え、PwCグループ内の税理士法人へ異動して国際税務を経験。その後、事業会社のCFOとして経営の内側に入り、同社はアメリカNASDAQ上場企業へのバイアウトに至る。さらにベンチャーキャピタル(日本M&Aセンターとの合弁ファンド)で投資サイドも経験した。
「監査する側、税理士顧問側、事業会社の中、投資家。全部やったからこそ、みんなの気持ちがわかる」。この4つの視点が、現在のスタートアップ支援の土台になっている。
独立の決め手——「人は儚い」という気づき
独立を決断したのは33歳のとき。直接のきっかけは、監査法人時代の先輩と後輩が、近い時期に相次いで亡くなったことだった。いずれも30歳前後で、やりがいを感じて仕事に打ち込んでいた人たちだった。
「人間って死ぬ時は死ぬなって思ってしまった。後悔のないように生きようと」。キャリアを100%積み上げてからでは遅い。50歳で独立するパワーはないかもしれない。若さという武器があるうちに踏み出す——それが石割さんの結論だった。
個人事務所10年、法人化10年——組織化への挑戦
独立後の最初の10年は、個人事務所として「自分最適化」の道を歩んだ。一人で稼ぐなら年商3,000万円前後が上限で、個人的な欲求は大概満たせてしまう。コンフォートゾーンに入り、ハングリー精神が薄れていくことを自覚していた。
転機は、若くして組織を大きく成長させている同業者を目の当たりにしたことだ。「自分は小さくまとまっちゃっている」という焦りが、法人化と組織拡大へ駆り立てた。スタートアップの急成長を支援する立場として、「人を雇わない方がいい」「広告費を削った方がいい」という守りのアドバイスだけでは経営者の気持ちはわからない。自らも組織経営のリスクを負ってこそ、説得力が生まれると考えた。
現在は28名体制。2年前にはチーム内の方向性の違いから10名が離脱するという試練も経験した。「経営の方向性をめぐる宗教戦争のようなもの。お互いに正義がある」と振り返る。組織の拡大は給与を上げ続ける責任を伴い、縮小は許されない。それでも雇用を生み出し、人を育てることが社会貢献の一つだと石割さんは語る。
Valuation年130件——VC時代に掴んだ武器
石割さんの代名詞であるValuation業務は、VC時代に原点がある。投資先のストックオプション発行に伴い、さまざまな専門家が作成した株価算定書を日常的に目にする環境にいた。「正直、これは自分でもできるなと思った」。そこで手法を体得し、独立後すぐに実践に移した。
独立当初は低価格戦略で勝負した。急な納期にも対応し、土日夜間を使って仕上げる。若さを武器にした泥臭い戦い方が、実績と知名度の基盤を築いた。通算1,000件以上、直近では年間130件超。この反復が圧倒的な経験値の差を生んでいる。
IPO31社関与の裏側——「合格実績」のように見せる戦略
IPO関与31社という実績には、税務顧問だけでなく、ストックオプション評価、優先株式の評価、財務顧問としてのスポット関与も含まれる。石割さんはこの見せ方にも戦略的だ。
「IPO準備のコンサルにどっぷり入ると、そんなに母集団を作れない。しかも全社が上場できるわけではない。すごいノウハウがあっても『実績は?』と聞かれた時に答えづらい」。だからこそ、予備校の合格実績のようにわかりやすく数字で見せることを重視している。
「論より証拠。見たらわかるでしょう、と言える状態を作り出すのが最善策」。専門性を磨くだけでなく、それを認知してもらうマーケティング視点も不可欠だと強調する。
「会計士の集まりでは税理士と名乗る」——戦略的ポジショニング
石割さんの最大の戦略が、業務領域の意図的な絞り込みだ。税務とValuationに特化し、IPO支援コンサルや開示業務には一切手を出さない。
「会計士の集まりでは『僕は税理士です』と言う。そうすると全ての会計士が競合ではなく見込み客になる」。上場支援をしている公認会計士から、税務とValuationを依頼されるケースが最も多い紹介チャネルだという。IPO支援をやらないからこそ競合認定されず、安心してボールを投げてもらえる。
「若い時は何でもかんでもやっていた。でも反復継続しないと商売にならない。出会い頭のDDで300万円稼いでも再現性がなければパチンコと同じ」。再現性のある領域に集中し、打席数を増やし続けることが、石割さんの成功の本質だ。
スタートアップ税務という「ブルーオーシャン」
石割さんは著書『スタートアップ支援税務のススメ』で、会計士にスタートアップ税務を勧めている。スタートアップは最初こそスモールビジネスに近いが、途中から上場会社へと変貌する。税務会計から企業会計へ、申告調整へと急激に高度化していく過程は、会計士の知識が最も活きるフィールドだ。
「税理士のボリュームゾーンはスモールビジネス。そこはレッドオーシャン。スタートアップ税務の方がブルーオーシャンで、会計士としての優位性がある」。監査法人での経験があるからこそ、将来の監査対応を見据えた体制構築ができる。会計士でありながら税務をやらない人が増えている現状を「もったいない」と語る。
AIと専門家の未来——「問いを立てる力」が残る
独立20年の歴史の中で「今が一番先が読めない」と石割さんは言う。AIの進化速度に対して、確信を持った予測は難しいと率直に認める。
「AIによって、知っているか知らないかという部分は無力化される。地頭が良い人が問いを立てる力さえあれば、経験を積み重ねた専門家との実力差を埋められる時代になる」。一方で、出てきた結果を検証する能力は依然として専門家にしかない。Valuationを理解していない人がAIで作った株価算定書は、監査法人からの質問に耐えられない。
最終的に残るのは「哲学と心理学」だと石割さんは考える。経営者と一緒に仮説を立て、前提を疑い、問いを作ること。ソクラテスの問答法に近いその営みは、AIには代替されにくい。自分の専門外の分野でAIに頼ることは「冒涜」だとも語り、得意領域の効率化にこそAIの価値があるという立場だ。
独立を考える会計士へのメッセージ
石割さんが強調するのは「エフェクチュエーション」という考え方だ。最初から完璧な答えを求めるのではなく、今手元にあるリソースから少しずつ新しいことを試していく。監査しかやったことがなければ財務DDをやってみる。条件面はうるさく言わず、経験を優先する。
「タイムチャージの呪縛があると、貴重な経験ができなくなる。3年のビジネスではなく10年、20年、30年やっていくのだから、最初は損して得取れでいい」。好きな領域か、勝てそうな領域か、一定のマーケットがある領域を見極め、「何かやる時にその人の名前が第一想起で出てくる存在」を目指すこと。それが、石割さんが20年の独立経験から導き出した結論だ。